海上保安庁機と日航機衝突事故の報道、広報への違和感 2024.03.05 1月2日に発生した海上保安庁機と日航機衝突事故についての報道、広報に対して私は強い違和感を感じています。 まずこの事故において、海上保安庁機と管制官の責任については報道されたものの、日航機の責任に関してはほとんど触れられない点が1つ目。 次に日航機の乗客が全員無事だった点は評価するにしても、ドア
日航機と海上保安庁機衝突 公開された情報への疑問 2024.01.08 2024年1月2日夕刻、東京羽田空港で発生した日航機と海上保安庁機の衝突事故におきましては、お亡くなりになられた5名の方とご遺族の方に心より哀悼の意を表させていただきます。 今のところ海上保安庁機が離陸許可が出ないままに滑走路に進入し、また管制官も誤進入を警告する警告灯に気づか
リスボンに寄港するクルーズ船 2023.12.01 記事タイトルの写真はバハマ船籍のクルーズ船Seabourn Ovationです。地中海クルーズを終えた後、リスボン港を出港、マデイラ島とポルト・サント島に寄港した後、カリブ海クルーズに向かうためにテジョ川から北大西洋に向かうところです。 2018年に就航した新造船です。 リスボンに寄港する前のク
新型コロナワクチンによる飛行中のパイロットの死と障害のリスクについて 2023.11.22 新型コロナワクチン禍により最も社会的影響の大きい事態の一つが、旅客機のパイロットが飛行中に突然死亡したり病気で操縦不能になったりすることです。Pilot warns of airline industry disaster due to COVID-19 vaccines (Squawk 77
日本航空123便事故の再調査を望む 2023.07.29 1985年は、日本でいろいろなことが起きた年でした。 グリコ・森永事件、豊田商事会長刺殺事件、阪神タイガースの優勝など。 1985年8月12日、月曜日。あの日から38年が経過しました。私は前職の共同通信の大阪支社に赴任したばかりで、マンションの電灯工事が終わり、テレビをつけた途端、当時NHKの
伝書鳩 もうひとつのIT 2023.03.06 自分がブログやSNSに投稿した文章が、世界中の方々に読んでいただけると考えると、インターネットがコミュニケーションの世界に劇的な変化をもたらしたことを改めて実感致します。 1977年に始まり、これまで何度も海外に出かけましたが、旅客機の輸送能力は劇的に向上しましたが、巡航速度についてはコンコル
往年の旅客機 コンベア880 2023.02.15 昭和38年(1963年)当時の日本航空の時刻表を入手しました。私が初めて飛行機に乗ったのはその前年ですが、それがDC-6BかDC-7Cであった事を再確認できました。同時に国内線でJETと表記されているコンベア880が、東南アジア線だけでなく南回りヨーロッパ線でも活躍していたことを知りました。
ネパール、ポカラでの航空機事故について 2023.01.17 開港して間もない、ネパールのポカラ国際空港に着陸進入中のイェティ航空(Yeti Air)のATR72-500(機体番号9N-ANC)が墜落し、多数の犠牲者が出たとのこと。 犠牲になられらた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 ネパール国内では航空機事故が非常に多く、EUは安
サン=テグジュペリと「星の王子さま」 2022.12.29 年末にサン・テグジュペリの「星の王子さま」を読んでいます。 飛行家でもあったアントワーヌ・サン・テグジュペリは、第2次世界大戦中の1944年7月31日、ロッキードF-5Aでフランスのボルゴ飛行場を偵察飛行のために飛び立ちました。 彼が乗った偵察機はドイツ軍の戦闘機に撃墜されマルセイユ沖に沈みまし
ボーイング747と半世紀 2022.12.15 最後のボーイング747が今月アトラス航空に引き渡されたそうです。 私にとってボーイング747は初めて搭乗した1974年以来、半世紀近くに渡りお世話になった思い出多き旅客機です。 エンジンが4発ということもあり、今だに搭乗すると最もほっとする旅客機です。 70年代と80年代は日本の国内線