ポルトガルの人と言語

ポルトガルではポルトガル語が母国語ですが、リスボンでは若い世代を中心に英語人口が増えています。従ってリスボンで英語が話せれば生活にさほど困ることはありません。ただし、地方都市に行くと英語が話せる人が相対的に少なくなり、その点は注意が必要です。

もちろんリスボンでもポルトガル語しか話さないポルトガル人も少なくありません。市内のホテルやスーパー、レストランなどではほぼ英語が通じますが、工事に来る職人さんやハウスキーピングの人たちなどは全く英語が出来ない人も多いです。しかしお互い人間同士、言葉を超えて何とかなるものだと改めて感じています。それでも最小限のポルトガル語ができた方が便利なことには間違いありません。 日本で売られているポルトガル語会話の書籍のほとんどが、ブラジルで話されている南米ポルトガル語です。本国のポルトガル語の書籍は探してみると意外と少ないことがわかります。今のところ大昔に買ったままになっていたリンガフォンと数冊の参考書が私の教材です。かじった程度のフランス語、スペイン語、イタリア語に比べると、私にとってポルトガル語の音は少々手強いという印象を受けました。 

ポルトガルはかつての植民地ブラジルからの移民が最大の移民コミュニティを形成しています。ブラジルのポルトガル語は本国のそれに比べて発音など随分異なるようですが、私たちには最初その違いがさっぱりわかりませんでした。現地の人によると、ポルトガル人は早口で、ブラジルから来た人がそれにびっくりするとのことです。従ってポルトガル語を母国語とする人が英語を話す際は、多くの場合非常にアップテンポです。 

移民と言えば、ブラジルからの移民に次いで多いのがフランス人、中国人です。ポルトガルはヨーロッパ人に最も人気のある移住先ですが、気候が温暖、治安が良い、食事が美味しいなどの理由の他に、英国人やフランス人にとっては高い税金を回避する目的もあるようです。税金だけでなく、物価が高いヨーロッパの中において断然物価が安くて生活しやすいのです。
特に2019年現在、パリは香港やシンガポールと並ぶほどの物価高です。

ポルトガルの人気の秘訣のうち、現地の人たちが強調するのは何と言ってもポルトガルの治安の良さです。世界平和度指数においても2018年はアイスランド、ニュージーランド、オーストリアに次いで4位でした。私も半世紀近く前からヨーロッパをしばしば訪れているますが、ヨーロッパ全体が比較的治安は良いと言えるものの、やはり東京に比べて多少の緊張感を感じながら旅してきたものです。ところがリスボンでは街を歩く際の緊張感をほとんど感じません。もちろん観光地や路面電車などでスリなどの犯罪は起きるので常に気をつけてはいますが、生活全般に渡るトータルな安心感は東京以上のものがあります。 

そして何と言っても人々が驚くほど親切です。最初は旅行者に見られているからだと思っていましたが、生活しているうちにそうではないことが段々とわかってきました。そして少なくとも自分の周囲で人種差別を感じたことは皆無です。もちろん人種差別がポルトガル全土で全くないというわけではありません。例えば2019年3月にジャマイカ地区と呼ばれる低所得地域で警官が黒人に暴力を振るう事件があり、これをきっかけに人種差別に抗議する100人規模のデモがありました。しかし私個人としてはこれも極めて特殊な事例と考えています。

先日現地の人と人種の違いに対する考え方について話をしたところ、ヨーロッパの中でも古い時期に海外に乗り出し、白人と言えどもやや褐色の肌の多いポルトガル人は多民族、他人種に対する抵抗が極めて薄いのだと説明してくれました。先日乗ったUberのドライバーもポルトガルの良い点の一つに人種差別がないことだと話していました。

長年こちらに滞在している日本人の方も、外国人嫌いな人はわずかにいても露骨に差別意識を表すことはまずないと言っていました。その中で少々不思議なのは、現地の人が私のことを最初から日本人だとわかるケースがほとんどだという点です。中国人や韓国人と間違えられるかと思いきや、これまで数回中国語で挨拶された以外は、すぐに日本人だと気づくのです。ありがたいことに、先人の努力のおかげで私が日本人だとわかると、一段と親しみを持って接してくれます。
そのほとんどが日本の自動車や家電製品をはじめとする技術力を尊敬してのことだと思いますが、若い世代はファミコンやアニメを通して日本を知ったようです。こうした体験をすると、トヨタ、ホンダ、松下、日本電気、日立、東芝、ソニー、キャノン、ニコンを始め、今日の技術大国日本の礎を築いた技術者、経営者の方々に敬意を表さざるをえません。さらに武士道や空手など、日本の伝統文化や芸術に関して関心の深い人も数なくありません。 

日本語の「ありがとう」がポルトガル語のObrigado(ありがとう)に由来するものと信じているポルトガル人が多いのに驚来ます。「ポルトガル人は日本に12の言葉を伝えた。」とまことしやかに話すUBERのドライバーの言葉にはびっくりしました。現地の人がこんな話をした際には、反論せずに黙って聞いておくことにしています。しかしあまりに多いので、先日ある人に間違った風聞であることを伝えてところ拍子抜けしたような顔をしていた。 

先日知り合いのポルトガル人から、日本語の「あっ、そう!」という発音が、ドイツ語の「also」(アルゾー)に聞こえてびっくりしたという話を聞きました。かつて「空耳アワー」という番組がありましたが、環境と聴覚についての新たな知見を得たようで新鮮な思いがしました。余談ですが、ドイツ語と言えば、ドイツ語の「kaufen」と日本語の「買う」の語源が同じでないかという説を聞いたことがあります。 

リスボンの人はこちらが恐縮してしまうほど親切です。他者への関心が人一倍強いのだと思います。誰も助けてくれないだろうと思うような時でも、必ずと言っていいほど誰かが近寄ってきて助けてくれます。特に先方がポルトガル語しか話せずに困っていると、英語が話せる人が名乗り出て通訳をかって出てくれることがほとんとです。「英語がうまくなくてごめんなさい。」と言われることも多いのですが、本来はこちらが「ポルトガル語を話せなくてごめんなさい。」と言うべきなので恐縮してしまうことしばしばです。 

あえて困ったことと言えば、時間にルーズな人に時々出会ったり、仕事のつめが少々甘く感じる時があることです。しかし日本だと間違いなく腹がたつ状況でも、その人柄のせいか許せてしまいます。リスボンでの生活が長い日本人の方も、この地で心根が良くない人、意地悪な人に出会う事は滅多になかったとのことです。 

郷にいれば郷に従えと言う言葉がありますが、時間にルーズなのは良くないので、相手が時間に遅れた際は必ず指摘するようにしています。こんな時でも相手は言い訳をせずに素直に間違いを認め、この間などは私の目の前で陳謝して、次の約束の日時を自分の携帯のアラームにセットして何度も確認する人もいました。ラテン系の人の特徴で、やはりのんびりとして細かいことにはあまりこだわらないのかと思いますが、その一方で生真面目で一生懸命に物事に取り組む姿から、多少のルーズさを許せてしまうのではないかという気がしてきました。

 ポルトガル人の優しさと知性に触れた数ヶ月、私は日本人としてのアイデンティティをしっかり維持しつつ、現地の文化や生活習慣、そして言語を理解することの重要さを学びました。

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