待ち遠しい空の旅

この原稿を書いている時点で、2年以上も飛行機に乗っていません。言うまでもなく新型コロナの感染拡大によるものです。 

2020年1月に家内のビザ更新でポルトガルの国内線に搭乗する可能性はありましたが、目的地まで1日4往復あったものが新型コロナの関係で1往復になり、時間の関係から列車にしました。さらに昨年は日本に一時帰国するかもしれないと思って予約した便が2回とも欠航になり払い戻しをしました。

 飛行機マニアの私は、中高生の頃までは飛行機に乗ることがエキサイティングな体験でしたが、その後搭乗を重ねるごとに電車に乗るのとさほど気分は変わらなくなりました。 しかし出発前に空港で過ごす時間は、今でも心がときめきます。航空会社のラウンジでお茶を飲みながらぼーと過ごす時間が大好きです。それでも飛行機マニアの習性でしょうか、搭乗機がスポットに到着するのを見届けるや、登録番号などをチェックします。

 これまで一番多く搭乗した路線は、正確な数はわかりませんが日本から北米までの太平洋路線、そして日本から欧州までのシベリア経由の欧州路線だと思います。正直申し上げて、7−8時間以上のフライトは私にとって退屈極まりないです。バスや地下鉄の中ではよく眠れるのに、飛行機の中ではシートをどこまで倒しても、枕の高さを調節してもよく眠れません。 お酒に弱い私は、アルコールを飲んでも益々調子が悪くなるばかりです。枕の位置や高さを工夫しても寝付けない時は、仕方なく映画のプログラムを選択します。私の世代から上の年齢の方はご記憶のことと思いますが、国際線の機内で2ドル50セントを支払って聴診器のようなイヤホンを借りて大画面で映画を見た頃と異なり、液晶の小さい画面では眼がくたびれます。 それにしてもシベリア経由のヨーロッパ便の退屈たるや、私にとっては毎度のことながら時間をやりすごすのに苦労します。 読書には格好の時間であるはずが、本にも集中できません。ハイデガーの「退屈論」のような本を読めば、難しさに眠くなるのかと思いきや、さらに眠れなくなりますます退屈になります。 機内で家内が撮影した写真の中には、私が新聞を読んでいる(ふりをしている)写真もありますが、搭乗直後の離陸前のもので、要は格好つけているだけです。ついでに、ウエルカムドリンクもオレンジジュースにすればいいのに、格好つけてシャンパンを注文するから、気圧の低下と共に気分が悪くなるのです。 

かつてのアンカレッジ経由の北極経由ヨーロッパ便や、東南アジア、インド、中東を経由しての南回りヨーロッパ線の飛行時間に比べれば随分と飛行時間は短縮されました。しかし荒涼としたシベリアの大地の上を飛んでいるということが気持ちの上で時間を長く感じさせるのでしょうか、ヨーロッパ便の退屈感は何度乗っても変わりません。昔のようにモスクワで給油したら退屈が紛れるかと思いきや、今の旅客機は航続距離が伸びてそれも叶わなくなりました。そこでアエロフロート便でモスクワ経由という方法も考えたのですが、モスクワから先が小さい飛行機なので、新しいタイプの退屈と苦痛が発生しそうなのでやめました。 

成田か羽田を出発、今日は新潟から日本海を横切るのか、あるいは稚内からハバロフスクを目指すのかというあたりまでは空港ロビーでの華やいだ雰囲気の延長にいるのですが、シベリアを横断し始めると途端に退屈が始まります。食事で気を紛らわせながら、苦痛に耐えながら、タリン、サンクトペテルブルク付近を通過する頃、いよいよヨーロッパに到着かと思いきや、いつもここからが長く感じられるのです。

かつての出張や旅行ではヨーロッパの都市に夕方到着してそのままホテルにチェックイン、再び睡眠というパターンが多かったですが、今住んでいるリスボンへはどこかの都市で乗り換えて、さらに3時間のフライトが待っています。この3時間が私にとっては結構辛いです。日本時間は真夜中から早朝、しかし現地の時間に合わせて夕食が出されるので、今度は慌ただしく3時間が経過します。この欧州近距離国際線はご存知の方も多いと思いますが、たとえビジネスクラスであってもほとんどの機体がエコノミークラスの真ん中の席を塞いだだけの「なんちゃってビジネスクラス」で、眠るどころではありません。

東京からリスボンまで早い便で18時間余り、そしてリスボンから東京へは最短のワルシャワ経由便で16時間です。私にとって快適な空の旅は東京から香港、頑張ってバンコクかホノルルまでかと思います。カルフォルニア辺りになると少々辛くなり、米国東海岸、欧州までの路線はひたすら我慢するしかありません。日本から南米、アフリカになるともうひたすら修行の時ですね。 

旅慣れた方は、機内で仕事をしたり読書をしたりできるのでしょうけれど、私は何度飛行機に乗っても旅慣れないのですね。最近流行りのスタッガード式などは閉塞感があって益々眠れなくなります。ルフトハンザやスイス航空のような開放感がある座席の方がまだくつろげます。 欲を言えば、学生時代に那覇から宮古島まで乗った船の三等船室のような「雑魚寝」ができる客室があれば、寝られるかもしれません。 

 それでも出発前のときめきと、異国での新たな体験を求めて、新型コロナが終息したら再び飛行機に搭乗することは間違いありません。

ところで私がこれまで搭乗した最短の路線は、ジェット機ではフロリダのフォートローダーデールからマイアミです。ボーイング737で離陸した途端にほとんど水平飛行なしで降下に入り、数分後に着陸でした。それでも脚の上げ下げはありました。伊東から熱海までジェット機で移動する感覚です。ワシントンDCからマイアミ行きに乗った便が、フォートローダーデール経由だったのです。

 プロペラ機ではタヒチのモーレア島からタヒチ本島までのエアモーレアのフライト。副操縦士の席が空いていたので、そこに乗せてもらいました。 そいてもう一つは大型ヘリコプターですが、ニューヨークのJFK空港からマンハッタンの34丁目のヘリポートまでのフライトです。VIPでもあるまいし、何故こんなフライトを利用しかというと、大昔ユナイテッド航空が回数券のようなチケットを発行していて、その1枚が余っていたので使ったのです。大柄なポーターがヘリまで荷物を運んでくれて、乗客は私ひとり、まさに気分はVIPでした。

先に、近頃は飛行機に乗るのは電車に乗るのと変わりなくなったと書きましたが、少々訂正します。やはり珍しいフライト、珍しい飛行機には、今でも眼がないのです。 これからも搭乗するたびにマニアの習性を発揮して、どんなに退屈でも空の旅を楽しむつもりです。

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