グリコポッキーはヨーロッパではMIKADOという名前で販売されています。
ヨーロッパで人気のMIKADOというゲームが、細いスティックを使っていることに由来しています。
その細いスティックの最高得点を持つものがMIKADOです。
ヨーロッパのゲームにも関わらず最高得点がKingではなくMIKADOです。
その背景に19世紀後半のヨーロッパにおけるジャポニスム(日本趣味ブーム)が背景にあります。
1885年、ギルバート&サリヴァンによる喜歌劇「ミカド」がロンドンで大ヒット「ミカド」という言葉がヨーロッパで広く知られるきっかけになりました。
天皇家を架空の表現で描くことで、当時のイギリス社会・官僚制度を風刺したものです。
制作意図には悪意はなかったものの、天皇をエキゾチズムの描写に利用したことが不敬にあたるとして、明治政府や駐英日本大使が英国に抗議したという記録があります。
その一方で1886年にロンドン公演を実際に鑑賞した小松宮彰仁親王はお気を悪くされなかったという記録もあります。
1907年に日本の皇族・伏見宮貞愛親王がイギリスを公式訪問した際、当時日本はイギリスの重要な同盟国だったため、宮内長官(Lord Chamberlain)が皇族の気分を害するのではと懸念し、訪問期間中は本作の上演許可を一時停止したという記録もあります。
一方同年に上演禁止措置の裏をかいて公演を観た日本人ジャーナリストは「深く愉快に期待を裏切られた」「故国を侮辱されると身構えていたが、快活な音楽で楽しかった」などと評しています。
ところで、私は海外でThe Emperorという言葉を発すると、外国人が独特の反応を示すことに長年関心を持ってきました。
一番印象的だったのはある冬季五輪の会場での海外メディアとの交流の中での出来事です。
私と一緒に仕事をしていたアメリカの新聞社のスタッフが、ありがとうの代わりにYou are a king!という表現を頻繁に使いました。
大会が終わった打ち上げの際に、私もありがとうのかわりにYou are の後に類似の敬意を表す単語をつけてみました。
すると彼もまた別の単語を使い、私もまた別の単語を使い、こうして延々と言葉のやり取りが続く中、他の外国メディアのメンバーも面白がって、このやりとりを鑑賞し始めました。
私は英語ネイティブでないので段々とボキャブラリーが尽きてきました。そこで最後の切り札として”The Emperor”を発した途端、ギャラリーが一瞬息を止め、このゲームが終了しました。
オーストラリアのメディアのスタッフが私に近づいてきて、今夜は僕が君を車で宿まで送ることにしたと言ってくれました。
考えてみると、ローマ皇帝、ナポレオン皇帝以降は、ドイツ帝国ヴィルヘルム2世、オーストリア=ハンガリー帝国カール1世の後ヨーロッパに皇帝は存在せず、中国の王朝は1912年に消滅、英国の王と女王がインド独立までの間Emperor/Empress of Indiaを名乗ったのが最後ではないかと思います。
天皇の永続性や比類なき権威を重んじる日本に比べて、欧米ではヒエラルキーの頂点という意味合いが強いため、The Emperorという言葉は、欧米人に日本人とは異なる響きで胸に突き刺さることが理解できます。
80年代末に訪れた、タヒチのボラボラ島で、アメリカ人の日系2世の初老のご夫妻と夕食を共にしたことがあります。
日本語が話せるのに、なぜか英語しか話さないことに、私は日系2世であるこのご夫妻の祖国に対する複雑な感情があることに途中で気づきました。
ところが話の途中で、いきなり現在の天皇陛下のお名前を教えてほしいと言ってきました。
ポルトガルに来てから印象的だったのは、日本から連れてきた柴犬を動物病院に連れて行った際の出来事です。
秋田犬のオーナーのポルトガル人が、私たちに向かって「昭和天皇の太平洋戦争におけるそのご心中をお察しするに余りあり、大変ご無礼と知りながらこの犬をヒロと名づけさせていただいた。」と語ったのです。
敗戦の将においては、亡命や命乞いをする者が少なからず存在する中、自らその責任を進んで引き受けようとされた天皇陛下のお姿に感動したマッカーサーの言葉によるものではないかと想像しています。
私見ですが、西洋人の心の内にキリストや聖母マリアが秘められているのと同様、日本人の心には無意識のうちに天皇陛下のご存在が刻み込まれているのを感じています。
欧米では教会に通う人の数は減りましたが、社会生活の中にキリスト教の伝統と教えが息づいているのを常々感じています。
それと同様に、日本人の魂の奥底に神道の精神が息づき、それを象徴する天皇陛下のご存在を日々の生活の心の拠り所としていることを感じざるを得ません。
また新渡戸稲造が著した「Bushido: The Soul of Japan(武士道)」の存在も、欧米が日本を評価する上で大きな影響を与えたことは否定できないと思います。
私もポルトガルに住むようになってから、日本にいた時より武士道という言葉を頻繁に耳にするようになりました。
「武士道」が少々難解な英文で書かれたことも、欧米の知識人に与えた影響は大きかったと思います。セオドール・ルーズベルトはこの書籍に感動し、親族や側近に読むようにすすめ、彼が日本が日露戦争で勝つきっかけを作ったことも記憶に新しいです。
昭和天皇の最後のご愛読書が「海の武士道」と言われています。
英国の外交官サムエル・フォール卿(Sir Samuel Falle)は海軍中尉だった太平洋戦争の際に、ジャワ海で日本海軍に撃沈され海に投げ出されました。
そこを通りかかった日本海軍の駆逐艦である雷(いかずち)が422名のイギリス将兵全員を救助し、重油にまみれた兵士の身体を洗い新しい服に着替えさせました。
駆逐艦・雷の艦長だった工藤俊作中佐は、甲板にイギリス将兵を集め、英語で次のように語ったそうです。
「あなた方は勇敢に戦った日本海軍のゲストであるが故、あなた方をこれから盛大にもてなすことにします。」
サムエル・フォール卿は、友軍のオランダ軍からですら、これほどのもてなしを受けたことはないと大いに感動し、母国に帰ったあとこの話を伝えたそうです。
戦いにおいても勝者が敗者をいたわり讃えることが日本の武士道精神であると確信したそうです。
この話は英国海軍のみならず、米国海軍も絶賛し、米軍月刊誌PROCEEDINGSにより世界に伝えられました。
日本人がいまだ世界で尊敬されているのは、先人の血の滲むような研鑽と偉業、そして比類なき天皇皇后両陛下のご存在と武士道精神のお陰だと思います。
この度の天皇皇后両陛下のオランダ、ベルギーご訪問の際も、両国の空軍戦闘機が日本の政府専用機をエスコートし、また御料車の先頭には天皇家の旗が掲げられていました。
アムステルダムで御料車を先導する白バイの数の多さに驚き、またオランダ国王が皇后陛下の御尊父まで称賛する異例のスピーチをされ、別れ際には涙を流されるお姿には感動しました。
天皇皇后両陛下の優雅さと繊細さ極まる外交マナーと、両国の歓迎ぶりや現地での賞賛は日本人として大変誇らしく、また天皇皇后両陛下への感謝の気持ちで一杯です。
最後に、現在皇室典範改正の議論が国会でされていますが、私を含め知性と教養の乏しい者がこのような極めて重要な議論を軽々しく語ったり、ましてや政治利用してほしくはありません。
また一部の国会議員が唱えるような、国旗毀損罪で愛国心が芽生えるとは到底思えません。
祝日を旗日と称していた時代、祝祭日に家々に日の丸の旗が掲げられていた時代がありました。
国家が愛国心を強制するのではなく、日本人の内面にある愛国心を自然に表現する手段としても、天皇皇后両陛下への感謝の心を忘れず、日の丸が未来永劫国民に愛されることを強く願う次第です。
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