世の中には人前で話すことが苦手な方が、少なからずいらっしゃいます。私もかつてはそのひとりでした。それだけに、そうした方々の苦しみは人一倍理解できます。話し方教室に通おうと思ったこともあります。心理的な側面から解決策を探ったこともあります。この辛さは味わった人にしかわからないでしょう。
このような自身の経験から、私なりにその原因と解決策を書かせていただこうと思っております。
もう30年くらい前でしょうか、ある公会堂で自分の体験談を発表する機会がありました。私はまだその頃は人前で話すのが苦手だったので、原稿を棒読みで切り抜けました。ところが発表者の中には、人前で話す緊張で泣き出す人が2名ほどいらっしゃいました。その発表が終わった後、たまたま観客席でその話を聞いていたラジオのアナウンサーが立ち上がり、次のようにお話しされました。
「私はプロのアナウンサーですから、人前では上手に話をしなくてはなりません。しかし皆さんはプロの話し手ではありません。プロでない人は、アナウンサーのように流暢に話す必要なんか全くないのです。ところが無理にうまく話そうとするから、苦しくなって泣いてしまうようなことが起きるのです。そうです、人前で上手に話そうとするから緊張するのです。
プロでない人は上手に話す必要はないのです。下手でいいんです!いや、下手がいいんです!」
「下手がいいんです!」この言葉は私の胸に沁み入りました。この方の優しさとプロとしての矜持を感じたのです。
世の中には話し下手でも、全く人前で緊張しない人がたくさんいらっしゃいます。この方々は自分を受け入れて自然体で話しているので、相手に変に思われるのではないかという意識がほとんどありません。もちろん聞き手のことを無視しているわけではなく、とにかく自分の話し方を受け入れて、自分なりの言葉で話そうといているから緊張しないのです。
そこで、今度は逆の立場を考えてみましょう。話があまり上手ではない人が、一生懸命話す姿を見てその人を馬鹿にするでしょうか。むしろ応援したくなりますよね。そうです、自分が思っているほど、聞き手は話っぷりを気にしていないのです。むしろ話す内容の方に興味があるのです。
人前で話すのが苦手な方は、時として対人関係全般な苦手な方も少なくありません。相手は自分の話す内容に興味があるということを肝に銘じ、目的本意に相手と対峙する習慣を身につけましょう。人に話を伝えるというのは、ほとんどの場合自分の話し上手をアピールすることが目的ではないはずです。話す内容を相手に伝えるという目的が大切なのです。
外国語についても同じことが言えます。日本を訪問した外国人がカタコトの日本語で話すのを聞いた時に、微笑ましいとは思っても決して相手を馬鹿にすることはないですよね。むしろ一生懸命伝えようとすることを応援する気持ちになるものです。
繰り返します、プロの話し手でも限り、下手がいいのです。たとえ訥弁でも熱意と誠意があれば、相手は必ず好感を守ってくれます。相手とのコミュニケーションは目的本位で自分自身を受け入れる気持ちで行いましょう。そうすれば、相手も必ず受け入れてくれます。
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