御礼

 皆さまこんにちは。
 私の66歳の誕生日に、皆様方からの暖かいメッセージを賜りましたことに心よりの御礼を申し上げます。
 
 また日頃のご指導ご鞭撻に改めて感謝申し上げます。
 リスボンで5回目の誕生日を迎えましたが、こちらに来てから人生に対する価値観が大きく変容しました。

 日本にいた頃の私は、生産性や効率を高めることが良いことに疑いをもちませんでした。生産性や効率それ自体は良いのですが、果たしてそれによって得た時間やお金がどのように使われたかを振り返りますと、実に心もとない思いに陥るのです。
 生産性や効率によって得た時間とお金の多くが、広義の消費に使われたのではないか、快適さと便利さを求めるために終わりなきスクラップアンドビルドを繰り返してきたのではないかと今や痛切に思えるのです。

 リスボンでは宅配が2時間遅れることは当たり前、特急列車の発車が10分遅れても何のアナウンスもなし、当初は腹立たしく思っていた出来事が、しばらくたつと日々の生活にさしたる影響がないことがだんだんとわかってきました。不思議なことに、快適さと便利さが、さほど重要に思えなくなってきたのです。

  慣れたという表現を超えた現象で、日本で培った固定観念が崩壊したのです。むしろポルトガル人が驚くほど親切で、治安が良く、安定した気候と豊かな自然に感謝する毎日です。すなわち快適さや便利さよりも遥かに大切なことがあることに今さらながら気づいたのです。隣人と親しく交流しお互い助け合うこと、地域社会への関心をより深めること、人と自然と共存共栄すること、日本人としてのアイデンティティをより意識すること、こうしたことがより大きな意味を持ってきました。

 私が幼い頃の日本の高度成長期を思い出しますと、今とは比べることできないほどの不便な時代でしたが、地域社会における隣人との親密さや、不便さの中で学ぶ経験値は現代よりはるかに濃密だったと思います。今のリスボンでの生活がそれに近いものを感じます。

 ここで感じるのは、日本をスローな社会にするとポルトガルになり、ポルトガルを忙しい社会にすると日本になるのかというとそうではないということです。すなわち社会のあり方、価値観が根本的に異なることから発する違いであり、単に量的な比較をしても意味がないことがわかりました。

 言うまでもなく、日本人の勤勉さは称賛に値するものであり、それが故に安心して便利な暮らしを享受できたのです。その一方で日本に住んでいた頃を振り返りますと、経済的にはより豊かなはずの日本で、何故ポルトガルに住むほどの幸福感に浸れなかったかと考えた時、日本がいつの間にか美と自然そして伝統を大切にしなくなったからではないかと思いました。

 明治時代に世界一周で日本を訪れたトーマス・クックは、帰国後に訪問先のどこの国が一番良かったかと聞かれて、日本と答えました。飛行船ツェッペリン号がシベリアから日本海を横断し日本の上空の差し掛かった際、搭乗していたフーゴー・エッケナーは東北地方のあまりの美しさに、こんな美しい場所にどうしてホテルをつくらないだと叫んだそうです。そして小泉八雲は瀬戸内地方の美しさを絶賛しました。

 私はポルトガル人をはじめ日本贔屓の外国人は、その頃の日本への憧憬を秘めながら現代の日本に向きあっているのではないかと想像しています。かつての日本は美と自然を愛し、大切にしてきました。どうしたことか、近年になって歴史的建造物をいとも簡単に解体し、美しい自然を破壊し、スクラップアンドビルドで得たお金と引き換えに、美と自然と伝統を手放しつつあるように思います。

 私も家内も桜の季節になると日本が恋しくなりますが、私にとっての桜はその華やかさ、艶やかにおいて世界一の花だと感じています。それは単に植物としての美しさのみならず、そこに秘められた日本の文化、伝統、情緒が内包されているからです。同じく富士山も、私が知る限りは世界一美しい霊山だと思います。この言葉では説明し難い感覚に浸る時が、自分が日本人であることを痛切に意識する瞬間です。

 同じく現代の日本に脈々と引き継がれた武士道精神も日本人にとっての宝であり、西洋におけるノブレスオブリージュに比肩する社会を牽引する原動力と言えると思います。 先ごろ昭和天皇の最後の愛読書と言われる「海の武士道」の著者である惠隆之介氏の講義を聞き、大変感動した次第です。

 英国の外交官サムエル・フォール卿(Sir Samuel Falle)は海軍中尉だった太平洋戦争の際に、ジャワ海で日本海軍に撃沈され海に投げ出されました。
 そこを通りかかった日本海軍の駆逐艦である雷(いかずち)が422名のイギリス将兵全員を救助し、重油にまみれた兵士の身体を洗い新しい服に着替えさせました。

 駆逐艦・雷の艦長だった工藤俊作中佐は、甲板にイギリス将兵を集め、英語で次のように語ったそうです。

「あなた方は勇敢に戦った日本海軍のゲストであるが故、あなた方をこれから盛大にもてなすことにします。」

 サムエル・フォール卿は、友軍のオランダ軍からですら、これほどのもてなしを受けたことはないと大いに感動し、母国に帰ったあとこの話を伝えたそうです。戦いにおいても勝者が敗者をいたわり讃えることが日本の武士道精神であると確信したそうです。この話は英国海軍のみならず、米国海軍も絶賛し、米軍月刊誌PROCEEDINGSにより世界に伝えられました。

 日本人がいまだ世界で尊敬されているのは、先人の血の滲むような研鑽と偉業、のおかげです。 私も海外で生活する日本人として、日本人の名と誇りを決して汚すことのないよう日々身の引き締まる思いで生活する所存です。

 再び日本が、武士道精神、ノブレスオブリージュを実践するリーダーの元、国民が一致団結して、豊かな自然と美しい景観に恵まれた農業国へと再生することを期待してやみません。

 最後に、私の誕生日にあたり皆様からいただきました暖かいメッセージに重ねて御礼申し上げますとともに、今後も変わらぬご指導ご鞭撻を賜りたくお願い申し上げます。
 誠にありがとうございました。

横井英夫

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