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兼高かおる世界の旅

 私がもの心ついたのは、高度成長期の昭和30年代でした。当時の日曜日の朝を思い浮かべると、トーストと紅茶の香りと共に「兼高かおる世界の旅」のオープニング曲「80日間世界一周」が脳裏に蘇ります。 昨年(2019年)90際でお亡くなりになった兼高かおるさんは、ジャーナリストであると共に、早回り世界一周記録を樹立したことで、まさに才色兼備の女性として一世を風靡しました。

 「兼高かおる世界の旅」は昭和35年に放送開始の後、30年以上に渡る長寿番組になりました。番組では兼高さんの溢れる才能や美しさがいたずらに強調されることはなく、そこにこの番組の持つ品格を感じさせられました。淡々と語る兼高さんの美しい山の手言葉と、聞き手の芥川隆之さんの控え目でユーモア溢れる語りが、子供ながらにおふたりの知性と教養を感じさせられました。今振り返ると、日本という国家の品位がまだ保たれていた時代でした。

 番組のスポンサーがパンアメリカン航空(パンナム)だったことも、番組が成功した大きな要因だったと思います。 兼高さんがラジオ番組で語ったところによると、大相撲の幕内最高優勝力士表彰で広く知られた同社の極東地区広報担当支配人だったデビッド・ジョーンズ氏(David Mifka Jones, 1915年 – 2005年)が、試しに兼高さんに九州への取材旅行ルポを依頼した結果、兼高さんを番組に起用したとのことです。ジョーンズ氏は加山雄三氏の人気映画「若大将シリーズ」にも登場しますが、この映画を始め、多くのテレビ番組や映画は当時パンアメリカン航空のバックアップを受けていました。パンナムの元スチュワーデス高橋文子さんの著書「消滅―空の帝国「パンナム」の興亡」を読むと、当時のパンナムが航空輸送の世界で他の追随を許さない圧倒的な航空会社だったことが理解できます。

 亡くなった父は番組のスポンサー企業の1つだった三井物産に当時勤務していたため、父がモントリオール駐在時に取材で訪れた兼高さんを車でご案内したことがあります。父が仕事をしているシーンが番組でほんの数秒間登場するのですが、父は恥ずかしそうにうつむいたのを覚えています。 昭和30年代当時は、太平洋路線にプロペラ機とジェット機が混じって飛んでいた時代です。父の北米出張やカナダ赴任時に羽田空港に見送りに行った際には、今では考えらえれないほどの盛大な見送り風景が見られました。中には胴上げする姿さえ見ることができました。とりわけ国際線出発ロビーから出国検査場に向かう赤い絨毯は、憧れでした。ボーディングブリッジができる前なので、乗客は全てタラップで飛行機に乗り込みました。乗客はタラップの上から見送る人たちに帽子を振ったり手を振ったりして、さらに座席についた後はハンカチを振ります。 現代の海外旅行に比べると随分と大げさな見送り風景ですが、特に昭和39年の海外旅行自由化の前までは、海外に出ることそれほどまでに大きなイベントだったのです。

 私がこの絨毯を最初で最後に踏むことができたのは、1977年(昭和53年)、すなわち成田空港開港の前の年でした。エールフランス273便、羽田発アンカレッジ経由パリ行きで、生まれて初めての海外旅行に飛び立ちました。ここ30年近く、シベリア経由でのヨーロッパ便に慣れてしまった私ですが、時間はかかってもアンカレッジ経由やアジア・中東経由のヨーロッパ便が旅の郷愁に誘われ懐かしい限りです。 その後、成田空港から世界のあちこちと旅しましたが、旅の楽しさと未知の世界への憧れは今も同じです。 

今振り返ると私が海外に憧れるようになったのは、「兼高かおる世界の旅」が大きなきっかけだったように思います。 写真は1963年(昭和38年)に出版された兼高かおるさんの著書です。

最後にこの本の冒頭の数行を下記に引用させていただきます。「胸がわくわく!何が嬉しいか、ときかれて私は飛行場をとび立つ時ほど心おどる時はない。小さい時から徒競走と水泳の選手をしていたせいであろうか、スタートに立つ時の快い緊張感が、この頃は次の取材地へ向かうジェット機に乗り込む時に再現されるのである。確かにエンジンのあの金属的なキーンという音を耳にすると、体中の血がジェット機なみの速度で体内をかけめぐり、胸がわくわくしてのどがつまるような気さえするのだ。」 兼高さんの笑顔、そして背景のパンナムボーイング707、旅発つ前の雰囲気に見ている方も胸がわくわくしますね。

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