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日本で世界でどう生きるか(25)暮らしの中の恐怖と洗脳

 人によって見えている世界が異なることは誰もが知っている。しかしこの認知の差が、自分にどれほど大きな影響を及ぼしているかは普段はあまり意識することはない。
 自宅から最寄りの駅に向かう通い慣れた道で、建物が取り壊されたとする。普段から行きつけた建物だったり、非常に目立つ建物でない限り、そこに何が建っていたのか思い出せない経験をされた方も多いだろう。毎日見ているはずなのに、何故か思い出せない。無意識のレベルでは記憶されているのだが、過去に1度見たことがあり、その後さほど重要ではないと認識した情報に対して脳がフィルターをかけてしまうが故に、このように見ているようで見ていない状況が生まれる。

 別の例をあげると、探し物をしている際に、目の前に置いてあるものが何故かしばらく見つからないことがある。探し物がそこにあるとは思わないが故に、あえてその場所を見ているようで見ていないのである。ついでに申し上げると、「ない!ない!・・・」と言って探し物をすると、無意識がその言葉に呼応して、ますます見つかりにくくしてしまう。そこで私は、はたから見たら奇妙と思われても「ある!ある!・・・」と言って探し物をする。

 日常生活における言語の重要性については、別の機会に書かせていただくことにして、先ほどの話に戻ることにする。米国のアポロ計画の際に、月着陸船の外部監視用の窓と宇宙飛行士の着座位置が問題になったことがあった。宇宙飛行士の座る椅子から窓の距離が大きいと、どうしても窓を大きくする必要が生じる。そこでNASAの技術者たちは逆転の発想で、宇宙飛行士の座席を設置しないことで問題を解決した。宇宙飛行士が立った姿勢で窓に顔を近づけることで、窓の大きさを小さくすることができたのである。

 一度こうだと思い込むとそれ以外考えなくなる、探し物が絶対ここにはないと思い込むと、2度とそこを探さなくなる、これは脳のリソースを消費しないという意味では正しいのだが、日常生活、さらには人生の選択において大きな過ちを及ぼさないとも限らない。

 生まれつき飛び抜けて頭がいいのに、親の一言で自分は頭が悪いと思い込んでいたり、絶世の美女と名高い有名女優が容姿のことで悩んでいたりすることを聞く。このように思い込みがアイデンティティ化してしまった場合は、他者からの介入による改善が必要な場合があるが、認知の歪みや価値観の矯正はある程度自分でも可能である。

今回の参議院議員選挙でれい新選組から立候補された、やすとみ歩東大教授の演説でこのようなことをさらに深く思い知らされた。いい大学を出て、いい会社に就職する、あるいは国家公務員試験の上級職に合格する、有名大学の教授になる、こうしたことが人の幸せであると多くの日本人が信じこまされてきた。正確に言うと、心の底では信じていなくても、親や先生の評価、そして社会的評価を気にしてそうだと信じざるを得なくなる。親や先生から叱られる、すなわち恐怖を原動力にして行動する、すると価値観はもっと強化される。しかも日本の社会では実際に学歴差別が行われているわけだから、その確信はさらに深まる。日本人はもの心ついた時から、いやがおうでも社会的な洗脳をじわじわと受け続け大人になるのである。

 私自身、62歳の現在から己の人生を振り返り、もしやり直せるのだとしたら小学校が終わった時点で丁稚奉公にでも出た後に独立するか、あるいは欧米の教育機関で学ぶかのどちらかを選んだと思う。その一方で、小学校で担任の先生から受けた本物の教育には心から感謝申し上げる次第である。学校にはプラモデルを持ってこようが、漫画を持ってこようが一切叱らない、成績なんかどうでもよし、その代わり人に迷惑をかけるようなこと、道徳的でないことをすると容赦無く拳骨が飛んだ。それは躾とか、体罰とかそういった画一的な言葉では表現できない、人としてあるいは教育者としての本物の「愛」だった。私が授業中に奇想天外な発言をすると熱心に聞いてくださり、学校見学をする父兄には、私の満点の答案用紙ではなく、私が書いた漫画を自慢気に披露する先生の笑顔が忘れられない。だから先生の拳骨に恐怖しない、むしろ先生の愛の拳骨を受け取るために悪さをしていたようにも思う今日である。私もやすとみ歩教授のおっしゃるいい学校に進学し、いい会社に就職したひとりである。しかしこの地球に生を受けた人間として、それは無限の選択肢のわずか1つに過ぎない、本物の幸福追求の道ではなかったことをしみじみ思う今日である。

 この先の日本は、画一化された価値観や洗脳を子供が受けないような社会にしてゆくべきだと思う。そのためには百年一日のごとく変わらない日本の学校教育を変えてゆくべきであり、少なくとも社会が国民に画一化された幸福を押し付ける雰囲気を壊し、ひとりひとりがより多くの人生の選択肢を選べるような社会作りを目指すべきだろう。

 やすとみ歩教授のメッセージは、政治が単なる社会制度を変えるだけでなく、個人が幸福を求める選択の自由をも保障するべきであることを訴えているように私は思った。

 7月21日。日曜日に投票所を往復するわずかな時間をひとりひとりが費やすだけで、日本は変わりうるのである。働けどは働けど暮らしが良くならない現状だけでも、まずは変えようではないか!

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