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リスボンに暮らす(1) リスボンへの航空路 

 ヨーロッパ人の間では観光地として人気のあるリスボンに日本からの観光客が少ない理由のひとつが、日本からの直行便がない点ではないかと思っている。現在日本からリスボンに行くには最低1回はどこかの都市を経由することになる。私たちは一昨年と昨年、ルフトハンザ航空を利用してミュンヘンあるいはフランクフルトを経由して入国した。現状私の知る限りでは、東京からはルフトハンザ便を利用すると最短時間でリスボンに到着できる。

 長年飛行機マニアを続けてきた私としては、搭乗便の機種が気になるところだが、ルフトハンザの羽田−フランクフルト線は私の最も好きな旅客機ボーイング747−8を使用している。今年が初飛行からちょうど50年の年になるボーイング747だが、改良を重ねた最新の747−8はまさに熟成の極みのハイテク旅客機ではないかと思っている。ちなみにミュンヘン線はかつてA340-600、現在は最新のA350が就航している。

 ボーイング747が好きな大きな理由のひとつとしてエンジン4発機という安心感があげられる。各国のVIP機も危機管理上の理由から4発機を採用している。米国はB747-200、ドイツはA340、ロシアはイリューシン76などなど。最近双発機を採用した極東の国があると聞いて驚いたが、「森羅万象を司る方」もお乗りになるそうなので大丈夫なのだろう。
 私としては天皇皇后両陛下をはじめとする方々の旅のご平安をお祈りする次第である。

 あくまでも感覚的なものではあるが、B747の方が同じ4発機の超大型機エアバスA380より乗っいてどこかゆとりがあるような気がしてならない。基本設計が古いだけに、少なからず冗長なところがありそれがゆとりを感じさせるのだろうか。ちなみに機内持ち込み荷物の多い方(今回の私たちも同じ)は、ルフトハンザのB747-8のビジネスクラスであれば2階の窓際を指定すると良い。窓とシートの隙間に小型のスーツケース2個がすっぽり収まる収納庫が用意されているからだ。1階席にはこれがない。ただしA380のように2階席に直に搭乗できないB747は、重い荷物を持って階段を2階まで上がらなくてはならない。

 その次に便利なのはスイス航空のチューリッヒ経由便だろう。今回の渡航はこちらにすべきか迷ったが、スイス航空が成田発なのに対して、ルフトハンザが羽田発なので四谷に住んでいた私たちにとってはルフトハンザに軍配が上がった。同じくアエロフロートのモスクワ経由便もあるが、モスクワからリスボン間の飛行時間が少々長く機体も小さいのが難点だ。
 
 その他、ロンドン、パリ、ブリュッセル、コペンハーゲン経由など欧州の主要都市を経由するいくつかのルートがある。欧州内での乗り換え以外では、中東のドバイを経由するエミレイツ航空の便もあるが、このフライトのメリットはビジネスクラスをリスボンまで通しで乗れば、欧州内が経由地の場合には避けられない欧州内国際線の狭いシート(以前にも書かせていただいた通り、私は「なんちゃってビジネスクラス」と呼んでいる)を回避できる点だ。家内は羽田−フランクフルト間のフルフラットシートで熟睡できれば、フランクフルトーリスボンの「なんちゃってビジネスクラス」は我慢できると言っているが、私はこの3時間の狭さが何とも落ち着かない。運動不足に加え、日本時間では早朝に当たる時間帯にディナーが提供されてもこの窮屈さではさほどありがたくないのだ。

 比較的早い方の便で、欧州のどこかの都市に現地時間の夕方に到着し、乗換えた後にリスボンに到着するのは早くて午後9時30分過ぎになる。
 リスボンへの着陸は、北風の際にはリスボン旧市街の真上を通過して滑走路にアプローチする。大阪の伊丹空港のように、市内を南から北に縦断する。リスボン市内は夜間でもネオンサインが皆無に等しいため、アンバー色の街灯が石造りの建物に反射しているだけだ。窓の下に見えるのは実にひっそりとした夜の街である。国際空港としては規模は小さく滑走路は2本だが、メインの滑走路が4000メートルあるのが心強い。逆噴射も使わずに、滑走路のかなりの長さを残して誘導路に入る。

 EU内の入国審査は経由地で済ませているので、リスボンの入国は預入荷物があればそれを受け取るだけの実にあっさりとしたものになる。
 リスボン国際空港からリスボンの中心部までの距離は短く、日本で言えば福岡空港から博多市内という感じだろうか。

 空港が近いだけに、リスボン市内では至る所で飛行機の離発着を見ることができる。最近の旅客機はエンジンの音が静かになったのであまり気にならないが、これが四半世紀前の第1世代、第2世代のジェット機の時代は、かなりの騒音だったに違いない。

 ところで私が最初にヨーロッパを訪問した70年代は、日本から欧州への航空ルートと言えば、アラスカのアンカレッジを経由する北極周り便、モスクワを経由するモスクワ経由便、そして東南アジア、インド、中東を経由する南回り便の3通りがあった。それに加えてスカンジナビア航空は独自に中央アジアルートというのを開設していた。ちなみに北極ルートを開設した先駆者がスカンジナビア航空である。磁石が役に立たない北極圏の飛行のために「ポーラー・グリッド地図」や「北極通過ジャイロコンパス」、そして乗員の厳しい訓練と北極圏で緊急着陸した際の装備を開発した。南回り便ではプロペラ機の時代に50時間以上かかっていた日本と欧州間だが、北極ルートの開設、さらにジェット機の登場で飛行時間は一気に短縮した。モスクワ経由便も当時のソ連との関係や航続距離の問題が解消した後は、今のように日本から欧州まで直行が可能になった。

 念のためお断りしておくが、私はプロペラ機の世代ではない。幼稚園の頃に東京ー大阪間をプロペラ機に乗ったが、国際線についてはジェット機になってからである。昭和一桁の父の世代の海外渡航が、プロペラ機からジェット機への過渡期である。父を羽田に見送った際に見かけた国際線の旅客機はダグラスDC-8やボーイング707が主流だったが、プロペラ機のロッキードコンステレーションも羽田でプロペラを休めていた。1度だけ父がBOAC(現在の英国航空の前身)のブリストル・ブリタニアという4発プロペラ機で米国から帰国したことがあったように記憶している。当時は世界一周ルートを大手の航空会社が開設していて、英国のBOACも太平洋を横断していたのである。

 相変わらず話が脱線してしまったが、地元のエアポルトガル(TAP)が日本を含めた極東ルートを開設するのはまだ遠い先ではないかと思っている。パリやロンドンなどに比べれば需要が少ないし、国全体がまだまだフランスやドイツほどの経済先進国ではないからだ。地元の人に聞くと、ここ30年くらいでリスボンという都市の規模がどんどん大きくなり、首都圏が相当広がっているとのことだ。私も車で市内から遠ざかると高層マンションの林立するエリアでそれを感じる。私としては、経済成長すること自体は歓迎すべきことなのだが、これまでの経済先進国のような発展の仕方をたどらないで欲しいと密かに願っている。

 そういう思いで、リスボンの街を離発着する小さなエアポルトガルの機体を日々眺めている。

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