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私が自分を受け入れられたとき

詩人、アメリカ文学研究者、翻訳家など、生涯多彩な才能を発揮されて92歳でこの世を去られた加島祥造(かじま・しょうぞう)氏。私はついにお目にかかる機会を得られなかったが、45万部のベストセラー著書「求めない」を拝読させていただいて以来、そのお人柄に一度でも触れさせていただきたいと思っていた。

「求めない」 この短い言葉には、幾千万の癒しの書籍に匹敵するだけの力を感じる。その加島氏が90歳に近づこうとしていた2012年に出されたの書籍が「受いれる」である。まだ手にとらせていただいてはいないが、受いれると言う言葉からすでに加島氏の優しくあたたかい御心が伝わってくる。

受け入れないことで人は如何に苦悩するか。とりわけ自分を受け入れられないことによる苦しみは、私自身の人生の多くの年月と重なるだけに、この言葉の重みを人一倍感じるのである。同時にこのような自分をそのまま受け入れてくれた師や諸先輩方、後輩方、家族には今更ながら感謝せざるを得ない。それぞれの人たちの深い愛情と深謀深慮に気づかず理屈を並べ立てた我が若気の至りに、今更ながら汗顔の極みである。

苦悩の迷路に迷い込み煩悶している人を、優しく受け入れることは、いかなる理屈を超えた千鈞の重みに値する。劣等感に苛まれている若者に、あなたはあなたのままでいいことを実感させることは必ずしもたやすいことではないかも知れない。しかしそれは相手への本物の愛があれば、いかなるテクニックや言葉を越えて成就できるのではないだろうか。

私は小学校5年の4月に登校拒否におちいった。父方が9代続く医師の家系だったため、内科医の祖父から精神科医の斎藤茂太先生を紹介され、その後2名の先生方のご尽力のもとわずか5ヶ月後の9月には学校に復帰してそれ以来学校生活には何ら問題がなくなった。

恰幅のいい穏やかな斎藤先生のお姿は、多くを語らずとも子供の心に安らぎをもたらした。斎藤茂太先生はご自身がエッセイストであるとともに、詩人で精神科医の斎藤茂吉のご子息であり、同じく精神科医で作家の北杜夫氏のご実兄でもある。
文学者の中に医師が少なくないことはよく知られた事実だが、斎藤家の家系はまさにその代表と言えるだろう。

斎藤病院に短期入院して治療を受けている際に、虫垂炎を発症してしまい、斎藤病院の近くの前田外科で緊急手術を受けることになった。生まれて初めて受ける手術は不安だったが、終了したときの喜びはひとしおだった。それに加えて高名かつ超ご多忙な斎藤先生が、私のような子供のためにお見舞いに駆けつけて下さったことは回復のスピードに拍車をかけたように思う。小学生の私の見舞いの時ですら、きちんとしたスーツ姿と物腰の柔らかさを守るお姿には、子供ながらに恐縮の極みだった。

前田外科を退院後、恐らく斎藤先生と祖父が話し合いをして決めたのか、治療は当時聖路加国際病院の精神科医長をされていた土居健郎先生の手に委ねられた。土居健郎先生の世界的名著「甘えの構造」は大学生になって拝読させていただいたが、当時小学生の私には土居先生のご経歴もご功績を知る由もなかった。そんな何の先入観のない私の眼に映った土居先生は神々しかった。優しい眼差しの奥に深い知性と教養を感じるその存在感たるや、いまだ病棟で先生と向き合った際の体感を思い出せるほどである。そして斎藤先生と同様、語らずしてその存在感と暖かさに安心感を覚えたのである。

土居先生による入院治療を終えた後は、関東中央病院の小倉清先生への通院治療に切り替わった。後に日本精神分析協会会長となられた小倉先生は8年に及ぶイエール大学精神科と、土居先生と同じくメニンガークリニックなどで児童精神医学を専攻され帰国されたばかりの気鋭の若手精神科医だった。

小倉先生は土居先生と同じく、その華々しいご経歴にもかかわらず全く飾らずに小学生の私の目線で全てを受け入れて下さった。そして私の話の途中で心の傷に突き当たった際に、一緒に涙を浮かべて共感して下さった。米国での児童精神医学のご研鑽が背景にあるとはいえ、深いご愛情が私の心を根底から動かしたのである。
薬は一切使わず、ご自身が私に向き合い、とことん私を受け入れることで私の心は癒えていったのである。それにより私自身もありのままの自分を受け入れることができるようになったのである。

私はいじめが原因で登校拒否になったわけでないことも、学校に短期で復帰することができた理由のひとつかもしれない。しかしながら、先にお話しした先生方の多くを語らずも私をありのままで受け入れてくださる深いご愛情が大きな理由だと思っている。私が受け入れることに関して拙文を書かせていただいたのは、3名の先生方が医師という職業を超えた人として深い愛情を持ってらっしゃったことが私を救ったことをお伝えしたかったからである。

今はなき斎藤茂太先生と土居健郎先生のご冥福をお祈り申し上げると共に、85歳を超えて今なおご自身のクリニックで治療にあたられている小倉清先生のご活躍とご健勝を心よりお祈りする次第である。

多感な時期の挫折から私を救っていただき、いま生かされていることへの感謝を、3名の先生方、そして終ぞお目にかかることのできなかった加島祥造先生にお礼の言葉を申し上げさせていただきます。

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