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日本で世界でどう生きるか(16)

 初秋の雨、街を歩いていてもどことなく切ない気分になる。そんな時はマット・モンローの歌声を移動中に聞くことにしている。私が最も好きな男性ヴォーカリストのひとりであり、「黄金の歌声」は男性的な色気と英国人特有の洒落たセンスに満ち溢れている。中でも私のお気に入りは「Laura」である。どこか幻想的な詞をマット・モンローが朗読するかのように歌うのを聞くと、ほっとして心が豊かになる。

Laura is the face in the misty light
Footsteps that you hear down the hall
The laugh that floats on a summer night
That you can never quite recall

And you see Laura on a train that is passing through
Those eyes how familiar they seem
She gave your very first kiss to you
That was Laura but she’s only a dream

She gave your very first kiss to you
That was Laura but she’s only a dream

ローラは空想の世界に住む女性であるが故に、その存在は永遠である。

私が永遠という神秘的な言葉から思い浮かべるのは、高村光太郎の「智恵子抄」である。高校生の時に近代文学者の石丸久先生から、「智恵子は死して、高村光太郎にとって永遠のものとなった」という言葉の中の「永遠」の意味を問われて、大きな衝撃を受けたことを思い出す。

高村光太郎は妻千恵子に関してこう語った。「私はこの世で智恵子にめぐり会った為、彼女の純愛によって清浄にされ、以前の退廃生活から救い出される事が出来た」。そして智恵子は7年にわたる闘病の末、肺結核のため旅立つ。智恵子抄は、千恵子の他界から3年後に、30年に及ぶ2人の愛を綴った詩集である。
石丸先生の問いに、私は言葉では答えられなかったが、永遠の意味が感覚的に心にしっかりと突き刺さるのを感じた。

永遠という言葉から次に思い浮かぶのは、アメリカ映画「エレファントマン」の最後のシーンである。 極度な身体的ハンディを負ったジョン・メリックが、不遇な家庭環境を経て、17歳でレスター・ユニオン救貧院に入り、その後エレファントマンと名付けられ22歳で見世物興行に出され、27歳でこの世を去るまでの実話に基づいた壮絶な物語である。

「私だって人間だ。」こう叫びながら短い生涯を生き抜き、映画の最後に、36歳でこの世を去った母の元へと、星降る宇宙へ永遠の旅立ちをする。
この映画に救いを見出すのは、ジョン・メリックが死して救いを得たのではないかと言う感覚ではなく、彼の辛い生涯にすら、言葉に尽くせない永遠の救いを感じられた点である。私にとっては、彼の永遠への旅立ちが、ニーチェが「ツァラトウストラはこう語った」で提唱した永劫回帰(Ewig Wiederkehren)の行き着くところ、すなわち超人への旅のように思えたのである。

西部邁先生のお言葉「実在は言葉を住み処とし、そして自分という存在はその住み処の番人をしている」を思い出す。私にとって、「永遠」という言葉は、生死を超えた究極の存在たる、人生にとって最も大切なものの一つである。。

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