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日本で世界でどう生きるか(12)

聖路加国際病院で精神科部長をされていた大平健先生のご著書を、90年代に何冊か拝読させていただいた。現代社会における「豊かさの精神病理」(90年)と「やさしさの精神病理」(95年)は、現代人のあり方を知る上で大いに学ばせていただき、今でも現代人の心の内を知る上で大いに役立っている。
自分の内面への洞察よりも、持ち物や体験で自己を表現しようとする「モノ語り人間」、対人関係の葛藤を避けるべく旧来とは異なる人への「やさしさ」で人と接する人たち。まだインターネットが普及する前の時代に出版された2冊の本が世に出てから二十余年が経過するが、「モノ語り」と「やさしさ」はネットの普及とより多くのモノの普及で、格段意識されることもなく深く静かに社会に溶け込んだように思えてならない。大平先生とはその後実際にお目にかかることになるのだが、人と社会への冷静で優しい視点と気さくなお人柄が印象的だった。

 2000年以降のSNSの普及などと並行して2008年のリーマンショックあたりから登場してきた「意識高い系」の人たち。本質的に意識が高い人を指す言葉ではなく、自分を過剰に演出したり、人脈や経歴を自慢したり、ビジネス書を多読して中途半端に真似る人たちを指す。
彼らは自由、個性、変革などの言葉を使って「意識高い系」と言われることに反論するかもしれない。しかしこうした言葉を操るにあたって、彼らは哲学や言語学にどれほど触れる機会があったのだろうか。かつて京大やミュンヘン大で精神病理学を研究された木村敏先生の「異常の構造」を拝読させていただいた際に、異常という概念を「常識の欠如」と捉える文脈を見つけ、なるほどと思った。そうは言っても、自由や個性を主張する若者にはこの常識という言葉にさえ異を唱えるかもしれない。しかし人生経験を積み、真実の多くが物事の中間にある、すなわち中庸をわきまえること、物事に対し常に懐疑的であることの大切さに気づくことで、自らの愚かさに気づくのではないか。

常識の欠如といえば、このところ若年層の堪え性のなさ、学力や教養の低下が目につく。ブランドものの服で着飾ったまま食べ歩く女性、ジーンズのズボンやスカートで初めての家を平気で訪問する若者。自分の妻を人前で「奥さん」と呼び、自分の夫を「旦那」と呼ぶ。最近ではいきなりファーストネームで呼びかけてくる日本人にも閉口する。日本社会ではファーストネームはよほど親しい間柄か目下という前提で使うことを親から教えられる機会がなかったのだろうか。現代は20歳超えた大人が人前で自分の両親をお父さん、お母さんと呼ぶ時代である。このような子供のまま成長してしまった大人が、即席の知識や技能を身につけた途端、自己承認欲求を満たすべく中途半端な情報発信をするのだからたまらない。批判されても謝ったり内省することはなく、偏狭な知識で苦しい言い訳をする。学力や教養のなさだけでなく、その根底に他者への無関心と責任感の欠如があるように思う。

現代社会はインターネットの普及による情報の入手の容易さ、急速なテクノロジーの進化の裏側に、常識の欠如が社会の土台を揺るがしているように思えてならないのである。政治も、経済も、人間関係も然りである。「意識高い系」も、そうした脆弱な知の土台の上に築かれた、似非もののなせる技のように感じる。

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